第六回:生活者のソーシャルマインドを購買行動につなげるには


 

 

 ソーシャルな領域では、マインドと実際の行動との乖離(マインドはあってもアクションしない層の存在)が大きな課題のひとつとなっています。そこで今回は、「生活者のソーシャルマインドを購買行動につなげるには」をテーマにセミナーを開催しました。

 

 基調講演では慶應義塾大学の大垣昌夫教授より、ご自身の研究分野である行動経済学の観点から、ソーシャルプロダクツの購買・普及を推進するヒントについてお話いただきました。

続いての企業事例では、「千のトイレプロジェクト」などで知られる王子ネピア株式会社の今敏之氏より、同社が実施しているソーシャルマーケティング(ソサイエタル・マーケティング)についてご紹介いただきました。

また、今回は特別企画として、ソーシャルマインドとアクションの関係について、参加者が知りたい事を大垣教授にお聞きし、お答えいただく時間も設けました。

 

1.基調講演
大垣昌夫氏(慶應義塾大学経済学部 教授)
テーマ 「行動経済学で考えるソーシャルプロダクツの社会的使命とその達成方法」

 

 「持続可能な社会の実現に貢献する」というソーシャルプロダクツの使命を達成する際に課題となるのは、生活者が社会貢献を重視する傾向にありながらも、実際には、さほどソーシャルプロダクツの購入に至っていない点です。それがなぜなのか、そして、どのような対策を取ればいいのか、いろいろなポイントがあるかと思いますが、ここでは行動経済学の観点から考えていきます。
 いきなりですが、まずは今回のセミナーのポイントについて、行動経済学のキーワードとともにお伝えしようと思います。

 

社会への影響を実感させる事で、行動を喚起する

 IMG_3202リサイズ最初に「選好」(経済学で消費者の嗜好(好み)から選択肢間の順序関係を表現する概念)についてです。人々には社会の役に立つことを喜ぶという選好があります。しかしながら、社会貢献をして心地よくなりたいと言う心理と、そのために行動を起こすことの間には溝があります。ソーシャルプロダクツの購入が、社会的課題に具体的な違い・変化をもたらすということが認識できないと、生活者はソーシャルプロダクツを購入しないと考えられます。したがって、例えば〇〇円の支援がどのように使われて、どのように役に立つのかと言うように、具体的な数字などを用いて説明するというのはいいでしょう。


戦略的に社会の空気作りを行う
 次に、「規範と価値観」についてです。選好は、個人の内部から出て行動に影響を与えますが、規範は、「ある集団の中で、個人はどのように行動するべきか」という考え方であり、外部からもたらされて個人の行動に影響を与えるものです。「社会貢献は重要である」という価値観も個人の行動に影響を与えます。したがって、規範と価値観の変化の促進によって、個人の行動を変えていく事ができるのです。具体的には、「より多くの人がソーシャルプロダクツを購入するようになってきている」というような大衆の行動(つまり、規範)に関するデータを収集して発信する事や、「より多くの人が社会貢献を重視している」というような価値観に関するデータを収集して発信する、などが有効だと思います。

 

貢献する喜びに気付いてもらう
 「幸福」については次の通りです。「社会貢献は重要」という規範や価値観があっても、人は自分自身が幸福になりたいという誘惑を受け、必ずしもそうした規範に従いません。ここで重要なポイントは、多くの人が、「どのような行動が自分を幸せにするのかということについて誤解している」ということです。自分のために大金を使う事が自分を幸福にすると考える人は多いと思いますが、実際には人のためにお金を使う方が、幸福度の上昇につながるということが、研究結果から分かっています。人のためのアクションで幸福を感じると言うことは、実際にやってみないと分からない事なので、例えば、子ども達や若者に社会貢献を行う機会を積極的に与えて、若いうちから社会貢献による充実感や幸福感を感じてもらう事が有効です。

 

合理的な伝統的経済学と、人の心理も加味した行動経済学
 経済学という学問はよく「お金儲けのための学問」だと誤解をされますが、実際は、希少な資源がどのように分配されているか、とさらに、されるべきか、という2つの課題を研究する学問です。「分配されているか」は、科学の問題です。従って、価値観に対して中立であることが重要となってきます。それに対して「分配されるべきか」は、価値観について思考した上で、科学の知見を活用するアプローチです。IMG_3219リサイズ
 この2つの課題を研究する際に、伝統的経済学は、経済主体はすべて利己的、合理的に行動する「ホモエコノミカス」(経済人)を前提とします。科学的な分析のために、人間の非合理的な行動を捨象してしまったのです。それに対して行動経済学は、利己的な経済人を仮定として置かずに、人間の意思決定と経済行動その相互作用について研究する学問です。主に実験やアンケート調査の結果に基づき、経済人の仮定が現実と整合性がない場合に、伝統的な経済学とは異なった経済モデルを提供します。
 これからは、先にお話した事の背景にある考え方を、実験とアンケート調査とその結果を元にご紹介していきます。


事例1:根本的には利他的な人々〜社会的選好モデル〜
 まず、「選好」の実験としての独裁者ゲームについてです。このゲームは、2人のペアの片方にお金を渡し、もう一人にいくら配分するかを決定してもらうという実験です。利己的な経済人であれば、他者への配分は0円のはずです。世界各国での616回の実験の結果、全体の36.11%は他者に1円も配分しませんでしたが、16.74%は見ず知らずの人に50%を配分するという結果となりました。これは社会貢献のマインドとつながるところがあると思います。つまり、他者に配分を行った約60%は、根本的に利他性を持っているということになります。このように、他者が手にする便益を気にする人たちの選好のモデルを「社会的選好モデル」と言います。
 その一方で、数人以上が参加して競争が行われている「市場」を想定した実験においては、このような利他的人間も、利己的な人間のように振る舞うという結果も出ています。これはなぜかというと、競争(利己的なものを含む様々な選択肢)があると個人がいくら利他的に行動しても結果は変わらないように感じるため、そこで満足感を感じられず、利己的な行動による自分自身の満足を優先するようになるためと考えられます。ですから、最初にお話したように、利他的人間に、利他的にふるまってもらうために、ソーシャルプロダクツの購入が社会に違いや変化をもたらせる事を、イメージできる形で伝えることが重要なのです。

 

事例2:文脈に応じて、人の心理は変化する〜規範と価値観〜
 次に、「規範や価値観」と利他的行動についてです。
まずは規範ですが、ここでは独裁者ゲームのいじめっ子バージョンを考えてみます。このゲームは、先程のバージョンと違い、ペアの両者とも初期保有として同額のお金を手にしています。しかし、ペアの片方(独裁者)は、相手に自分の初期保有からお金を与える事もできれば、奪う事もできるというルールです。この実験の結果を見ると、標準バージョンよりも、いじめっ子バージョンの方が2人で等分に財を分割する割合が多くなりました。この結果は規範という考え方で説明できます。先にお話したように、規範とは社会的文脈(例えば、財を与えるのか、奪うのかというシチュエーションの違い)の中でどのように人は行動すべきか、あるいはすべきではないかという規定の事です。結果が一緒であっても、奪うのか、与えないのかというプロセスの違いによって、結果は変わるのです。
 価値観については、私を含む研究グループが全国の成人を対象に、利他性と幸福感の相関について調べる震災特別調査を行いました。その結果、大震災が利他的価値観の上昇をもたらし、それを契機とした寄付行動が幸福感の上昇をもたらしたと考えられる結果を得る事ができました。

 

事例3:幸福度を上昇させるお金の使い方
 また、「幸福」に関する経済学についてですが、こちらは、アンケートでの「幸福だ」という回答を主観的幸福度として用いて、研究を行う領域があります。ここでは、寄付や贈与等の行動が幸福度に与える影響の因果関係を調べた事例として、2008年にダンという研究者たちが行った実験をご紹介します。この実験では、被験者に5ドル、もしくは20ドルを与えてその日中に使い切るように指示します。片方のグループでは自分のために、もう片方には他の人のためにそのお金を使うように指示します。実験の結果ですが、面白いことに、他の人のためにお金を使った方が、幸福度が上昇するということがわかりました。
 こうした人間の心理や行動を頭に入れて、生活者にコミュニケーションしていくことで、より多くの生活者の行動を喚起する事ができるのではないかと考えています。

 

 

2.企業の事例紹介

今 敏之氏 (王子ネピア株式会社・マーケティング本部長)
テーマ 「便所紙屋のソサイエタルマーケティング」

 

「やわらかハート」によるブランド価値の構築

 1971年に設立された王子ネピア株式会社は、「nepia」ブランドを中心に、ティッシュや紙パルプ加工品・紙おむつなどの製造・販売を行っています。このカテゴリの商品は年々コモディティ化が進み、市場で選ばれるためには「価格の安さ」が最も重要な要素となってきました。そのため、この価格競争から脱却し、新しいブランド価値を構築すべく、弊社では「やわらかハート」というタグラインを設定してブランド価値の訴求強化に取り組みつつ、持続可能な社会づくりのための施策としてコーズリレイティッド・マーケティングにも着手しました。ネピアブランドに対する好感度を上げ、生活者に愛着を持ってもらうことで、家庭用紙製品を選択する軸を変えることが狙いでした。

 

生活者と共に作り出す新たな価値観
 IMG_3210 リサイズ「所詮トイレ紙、安ければいい」という生活者の意識を変えるため、最初に取り組んだのがアンケートの実施でした。2009年3月に、約10万人を対象に「男と女のトイレ事情」というテーマでアンケートを実施しました。これは、能動的に参加するアンケートという場を用意して、そこで生活者に衛生・健康・環境などについて啓蒙し、「トイレ(紙)」における、そうした価値を再認識してもらうことが目的でした。
 このようなアンケートへの参加を通じて、生活者はトイレや紙に対する意外な視点を見出し、その後公開されたアンケートの結果に対して、理解や共感を持つようになります。これは、トイレ紙に対する価値を再認識するきっかけです。アンケートを介した生活者とのコミュニケーションそのものが、企業価値への好感度や愛着を醸成する役割を果たすのです。事実、アンケートに回答した生活者の9割近くが、「ネピアブランドや企業イメージに好感を持った」「より身近に感じた」と答えています。
 企業から生活者への一方的な情報提供という従来のマーケティング法ではなく、生活者と共に「トイレ」に対する価値観を作り出すという手法は、ブランドイメージ・企業イメージの向上にもつながる、ポテンシャルの高いマーケティング法であるということが分かりました。
 
本業を通じた社会への貢献
 そうした中で、これからは社会に対して「善」なミッションを自らに課す企業だけが成長できる時代であると考え「社会的存在価値、社会的な利益をもたらすために、我々だからこそできることは何か」ということを模索していました。企業価値の創造を進める中で、確固たるブランドミッションを確立する必要性を感じていたのです。そして2007年、日本トイレ研究所の方と共同で、子供向けの「うんち教室」(学校へのトイレ出前授業)を実施することになりました。
実際やってみると、人間が生きる上では「食」と同様に欠かせない「排泄」に関わる「うんち教室」は大変好評で、子供たちはもちろん、親御さんからも高く評価して頂き、たくさんの反響がありました。「排泄」に関わる教育は、家庭用紙製品を扱う弊社だからこそ可能な活動であり、これを通じて企業の社会的存在価値を確立できると確信しました。


「千のトイレプロジェクト」の始まり
 「うんち教室」に取り組んでいる最中、当時「世界中で約140万人の子供たちが、水と衛生状態の悪さが原因で命を落としている」という話をユニセフの方から聞く機会がありました。そこで2008年、アジアで最も若く、支援が急務であった東ティモールにおいてトイレを作る活動を支援するプロジェクトに着手しました。これが、ネピア商品の売上の一部をユニセフに寄付し、東ティモールに新しいトイレを設置する「千のトイレプロジェクト」です。
 折しも、紙パルプ価格と原油価格が上昇していて、社内で新規プロジェクトに充てる予算はありませんでしたが、これからの生活者とのコミュニケーションのあり方を考え、テレビCMの放映を打ち切り、このプロジェクトを遂行するための予算を確保したのです。
 2008年のプロジェクト開始からこれまでに、4700以上のトイレを現地に設置してきました。このプロジェクトは、トイレ設置に前向きでない現地の人々に、トイレの重要性を説明し、理解してもらうことから始まります。そして、自分たちで資材を調達し、設置・運営できるように促します。こうしてトイレを設置することにより、現地の衛生状態が改善し、人々の健康状態も格段に良くなりました。年間1000のトイレの設置を目標に、現在も活動中です。

 

「千のトイレプロジェクト」の捉え方IMG_3216(リサイズ)
 プロジェクト開始後、生活者からは「千のトイレプロジェクト」への多くの共感と、東ティモール支援への想いが寄せられました。対象商品購入者の意識調査からは、「プロジェクトを知って、ネピア商品を買うようになった」「価格だけではなく、社会貢献につながる商品を選びたいと思った」といった声も得られています。
 またその調査からは、面白い事も分かりました。「ネピアを買うこと/千のトイレプロジェクトへ参加する意味」を年代別に分析したところ、20代にとっては「社会貢献に参加すること」であり、30代では「子供の命を守ること」、40代では「先進国の使命」、50代以上は「企業への支持表明」と、各年代で、プロジェクト参加に対して異なる認識を持っていたのです。

 

「千のトイレプロジェクト」の波及効果
 プロジェクトの成果は、生活者のみならず、このプロジェクトに対する社内での評価も徐々に高まってきました。今では営業部門からの評価も高く、社員からは、「お父さんの会社は良いことをしているね、と子供に言われました」という嬉しい声も上がりました。生活者だけでなく、 社員や、その家族にまで支持されるプロジェクトに成長したことを、とても誇りに思います。

 

ネピアの目指すところ
 「千のトイレプロジェクト」によって、我々は多くの人々の態度変容を目の当たりにしてきました。トイレの重要性を知った東ティモールの人々、ネピア商品を購入する生活者、そして社内の人間等々、このプロジェクトが各人の意識を大きく変えるきっかけになっています。
 東日本大震災以降、「他社製品・サービスとの差別化」を起点にした従来のマーケティングではなく「自社商品・サービスに対する企業の志」を起点にしたコミュニケーションが求められる時代へと移り変わってきました。それに応えるためにも、自社の事業ドメインで社会とどのように関わっていくか、未解決の問題に対して商品を通じてアプローチする方法は何か、を常に考えなくてはならないと思います。これからも、事業を通じて誰かの笑顔を一緒に創っている企業-関わるすべての方々に「nepia is my partner」と言っていただける企業を目指してまいります。

 

【関連リンク】

http://1000toilets.com/