ソーシャルプロダクツ・インタビュー<br>―ヤマニ醤油株式会社「ヤマニほんつゆ」前編―

2020/10/16

ソーシャルプロダクツ・インタビュー
―ヤマニ醤油株式会社「ヤマニほんつゆ」前編―

日本に甚大な被害をもたらした東日本大震災。あれから9年がたった今、全世界が感染症の猛威に襲われています。ヤマニ醤油株式会社は大震災で蔵を失いましたが、そこからわずか8か月で事業を再生させ、今も住民に愛される商品を製造しています。いかにして未曽有の危機を乗り越えたかについて、4代目社長の新沼茂幸様にお話を伺いました。

(新型コロナウイルス感染拡大への配慮からオンラインにて取材を行いました)

 

―ヤマニ醤油の歴史について簡単に教えてください。

明治元年、本家「糠塚家」の創業から私たちの歴史は始まりました。私たちの歴史はイノベーション(事業革新)の連続でした。まず本家9代目の新沼菊之助は、江戸時代に開花した濃口醤油の醸造技術を家業の農業の中に取り入れて6次産業化(※1)するという第一のイノベーションを行いました。そこから醤油業を飛躍的に発展させるために新沼善吉(二男/ヤマニ醤油初代)を分家にして醤油業を託し、本家は醤油業を手放しました。これが第二のイノベーションです。そして戦後、2代目と3代目でヤマニ醤油が「美味しい醤油」の代名詞となるまで味を向上させるという第三のイノベーションがなされました。

※1:農業や水産業などの第一次産業が食品加工・流通販売にも業務展開するという、経営形態の多角化

 

―「ヤマニほんつゆ」製造の経緯について教えてください。

1980年、4代目になる私が大学を卒業と同時に会社を引き継いだのですが、当時の経営状況(社員16名・売上6,000万円)は悲惨なものでした。表面的には家庭的な雰囲気の会社でしたが実態は社長不在でそれぞれが公私混同と厳しい資金繰りの経営状況に陥っていました

そこで、バックキャスティング思考(※2)を用いてその現状から脱却することを考えた結果、仕込みから商品になるまで1年以上かかる醤油から、醤油に出汁などを混ぜるだけで直ぐに商品として高単価で売り出せるつゆへの事業転換を行うことに決めました。

この事業転換の経緯には外的要因と内的要因があります。前者はライフスタイルの変化です。年々共働き世帯が増え、醤油より使い勝手が良いつゆやたれの消費が増加したのです。後者はビジネスモデルの変化です。近年醤油メーカー数は減少の一途を辿っていて、弊社も債務超過に悩まされていました。このままでは事業を継続することは難しいと考え、醤油業を守るために、醤油からつゆへ主力商品を転換したのです(図1参照)。

このような経緯で「ヤマニほんつゆ」は誕生しました。他社は「めんつゆ」などの商品名で売り出していましたが、様々な料理に使えるつゆに先入観を与えたくなかったため、ネーミングにも気を配りました。「ほんつゆ」の「ほん(本)」という言葉は「本格的・本物」というイメージを与えます。さらに「守破離、本(※3)」の考え方のもと、本源(本醸造醤油や本家)の精神を忘れてはいけないという意味を込めて「ほんつゆ」という名前を付けました。

このように事業を転換し、2010年(震災前)には、社員を半分の8名に減らし、売り上げを2倍の1億2,000万円に伸ばして、バックキャスティングで描いた目標数値(労働生産性)を達成しました。

※2:あるべき姿を規定し、その実現のために今すべきことを考えるという思考法

※3:「規矩(きく)作法り尽くしてるともるるとてもを忘るな」(『利休道歌』)という千利休の思想。教えを破り離れたとしても根源の精神を見失ってはならないという考え方。

―東日本大震災被災から事業を再生した経緯について教えてください。

2011年3月11日、陸前高田にあった私たちの蔵は津波に飲まれ全壊し、災害損失は1億2,000万円にものぼりました(図2参照)。幸い社員は全員無事だったため安堵しましたが、目の前で長い歴史を持つ私たちの蔵が流されていくのを目の当たりにした時は、もうここで伝統的な醤油業を営むことはできないと思い絶望しました。しかし、悲観することはありませんでした。それは、蔵やお金を失ってもなくならない「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)(※4)」の存在に気づいていたからです。つまり、ブランドという長年培ってきた信頼やお得意様との絆といった見えない資本を私たちは失わずに持っていたのです。

そこでこの資本を活用して、ブランドを権利化するという方法で事業を継続していくことを考えました。震災前は企業やブランド、商品などに対して抱く愛着、忠誠心(ロイヤルティ: Loyalty)を大切にしていましたが、震災後は商標や商号のブランド使用料(ロイヤルティ: Royalty)を収益の柱とするライセンスビジネスへの事業転換です。そこで思いついたのが、県内の同業者である旧知の佐々長醸造株式会社さんの蔵でヤマニ醤油の商品を製造し、更に震災を契機にやむなく解雇した社員たちが新規に立ち上げる代理店で御用聞き販売も続けてもらうという「3社によるライセンス契約」という方法です。ライセンシーである佐々長醸造さんやサブライセンシーの高田営業所は、「ヤマニ醤油」というブランドの使用権を得て商品を製造、販売し、ライセンサーのヤマニ醤油はリスクを共有しながらその売上の一部を受け取るという仕組みです(図3参照)。地元に根ざした老舗にとって勇気がいる決断に思われますが、ためらうことはありませんでした。

※4:文化資本、経済資本に次いだ第三の資本。信頼や規範、ネットワークなど、社会や地域コミュニティにおける人々の相互関係や結びつきを支える仕組みのこと。

 

―被災からわずか8か月で事業を再生できた要因について教えてください。

まず、蔵をすべて失った状態から事業を再生させたので、最低でも仕込み期間である8か月は準備に必要でした。逆に2年、3年と過ぎてしまうと待っているお得意様でさえ記憶が薄れてしまうと思ったので、8か月という期間は決して短いものではなく、適正なものだと思っています。これは、ヤマニ醤油が地域で愛されてきたブランドであったからこそ達成できたことです。懐かしい味を御用聞きでお届けするという明確な目的があったので、レシピを他社に公開するという勇気のいる決断を躊躇せずにできたのだと思っています。

ここで重要だったのがBCP(事業継続計画)(※5)です。私は4つのPにプラスもう1つのPという意味で「BC4P+1」として構想しました。まず4つのP(計画)とは、「製品・価格・流通・広報」のことです。何をいくらで売り、どのようにして届け、どのようにして知らせるかというマーケティングで欠かせない4つの要素、そして「+1」のPは、パートナーです。震災前から、私たちの蔵がある陸前高田市は地震や津波が発生しやすいということは分かっていたので、事前にヤマニ醤油と相性が良く、醸造に適した水が豊富で後継者も揃っている花巻市の佐々長醸造さんに製造をお願いするシナリオを描いていました。

そして困難があった時でも、慌てずにタイミングを見計らい、時が来たら一気に突き進むということが大切だと思います。苦境から抜け出す直前というものは、先が見えず一番苦しい時期だと思います。ですがピンチはチャンスであり、またチャンスはピンチであります。どんな時でも落ち着いて、思いやりをもって行動していくことが大切だと考えています。

そこで求められるのは構想力と交渉力です。つまり、どのようになりたいかを考え、それを実際に行動に移す力が重要だということです。一般的にインプット(プロセス実行に必要なもの)の対義語はアウトプット(プロセスの実行結果)だとされていますが、私はそうではなく、インプットを成果(アウトカム)として残していかなければ意味がないと考えています。そのためには、軸をぶらさないことと、落としどころを見つけることが大切です。前者においては自分軸(自己の存在理由)、他人軸(お客様にとっての私たちの存在価値)、そして時間軸(優先順位)という三つの軸があり、何があっても譲れないところ(当社の場合はライセンス契約)を決めておくということです(図4参照)。

様々な観点からお話ししましたが、最終的に一番重要なのは「誠実さ」であり、危機下に置かれるずっと前から信用を積み重ねていなければ、社員やお客様はついてきてくれないと考えています。誠実さが物事を解決する鍵となるのです。

※5:Business Continuity Planの略

 

―復興や事業再生において一番苦労したことと、それを乗り切った方法や原動力について教えてください。

私にとって他社とアライアンス(※6)を組むことが初めての経験だったので、持続的な内部統制の仕組みを作ることに一番苦労しました。ヤマニ醤油も佐々長醸造さんも創業100年を超える企業で、文化の違いは当たり前のようにありました。また、ブランドや組織運営に関してどのように整合性を保つのか、利益配分はどのようにするかといったことで苦労がありました。

それをどのようにして乗り越えたかということですが、私はプロの力に頼りました。御用聞き(※7)のプロ、醸造のプロ、システム構築のプロ、財務のプロ、知財のプロ、そして全体を観るプロというように、それぞれが培ってきた職業人としての個性を尊重することで自立分散型の新しい組織の構築に繋がったと思います。 

自社のみで事業を再生しようとせず、様々なパートナーと協力したことが復興の原動力になったと思います。

※6:互いの利益を上げる・新規事業を立ち上げるための業務提携

※7:得意先を一軒一軒回り注文を聞くこと。

 

後編に続く(2020年10月末公開予定)

 

(取材・執筆:高橋さくら)

この企業について

ヤマニ醤油株式会社

岩手県陸前高田市高田町字洞の沢43

http://yamani-iwate.jp/

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